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2019年5月26日 (日)

どーしても見たかったので…

ある日突然、薬師寺東塔修理作業所の現場公開を知る。
行けるのか?などと迷うまでもなく「万難を排して行く」との当然の結論に至る訳です (^^ゞ

※今回全編奈良寺社ものですので、ご勘弁のほどお願いいたします~※

・1泊1日

夕刻、東京駅出立。

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*脱出…的な旅立ち

10連休前日で新幹線自由席に幸い座れたものの通路にも人、人。
京都からは近鉄の急行で午後九時頃に奈良新大宮着。

2年前に泊まったホテルに再投宿…安いしね。
なお、今回はGW中の移動であることと、時間の関係で自転車輪行はナシ。
当初セロー君お出かけも検討したけど、10連休にも関わらず使える時間はたったの1日。
なので道中楽しむ余裕は無いだろうし、それどころか目的達成の困難も考えられる…
故に新幹線 (^^ゞ

そうは言いながら、翌日の予定は薬師寺1本狙いというのも勿体ないんで、優先順位的には薬師寺→法隆寺→興福寺→東大寺…までかなー


薬師寺

明けて、八時半に宿を出て近鉄西大寺経由で二つ目、西ノ京駅下車ですぐに薬師寺着。
東塔修理作業所見学の整理券を貰ってから、待ち時間で何時ものように堂塔見学。

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*昭和再建の西塔

約2年振りとなる薬師寺の堂塔。
この眺め、そもそもの歴史の重みもありますが…
伽藍再興に賛同する現世代の人々の心の有り様が、1300年前の創建当初の願いとは違う形で昇華したもの。
感慨深いなぁ、などと勝手に思ったりする訳です。

荒れ寺同然と言われたところからの過程が物語。
写経による浄財で出来てしまったといえばシンプルですが、技術的な復元の背景を知ると、その道程に感嘆するばかり。

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*小屋根は裳階といい、数えないので六重ではなく三重となります

珍しく西塔内陣が公開中でした。
中には木彫り?のお釈迦様の生誕から入滅までの4面の彫刻が飾られています。

世界的にも貴重な桧原木による塔。
それを用いれた東塔が最後でしょう…
あとは1000数百年、巨木に成長するのを待つしかありません。


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*金堂裏、食堂との間がコンサート会場

最近はこういうソフト?なイベントも行われているようです。
連休初日のこの日は、季節外れの寒さでフリースというかコートが欲しいくらいでした。
このコンサートどーなったんでしょうか…


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*東側回廊の端が東塔見学の受け付け

お待ちかねの東塔修理作業所見学会は1時間くらい待ってから。
整理券順でヘルメットを貰い場内へ。

中の様子ですが、SNSにはUPしないで下さいとのことでしたので、写真は撮ったものの残念ながら…

そー言えばブログはSNSなのか?
広義ではそーらしいんですが、どーなんですかね。

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*修理作業所を覆う素屋根

東塔修理は不等沈下や材の老朽化による長年の歪みを直すため全面的な解体から始まった。
基壇のRCによる再構築(RCの寿命の方が心許ないが…)、軒垂木など端材の腐食部分の交換などと見た目以外の詳細は判りませんけど。

あれは交換した材かな?
そうは見えても実は腐食した部分を切り落とし奥に隠れている部分引き出したのかもしれずで、垂木は4~5本おき位に端部は新しくなっているように見える。
それでも他と判らぬように古材の色が施されているので、どこが新しいのかよく見ないと判らない。

前回(明治)から数えて110年目の解体修理では、新築の西塔のような丹塗りにはしないようです。
なお、中の様子は別に提供されていますので、宜しければそちらの方(朝日新聞デジタルのリンク)をどーぞご覧ください。


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*この視点での西塔は普通拝めません

現場内から外を見れば、隣の西塔の普段見られない角度で拝めるという特別感覚。

因みに解体修理の足場は重厚な鉄骨二重フレーム…恐らく今の耐震基準にも合致しているんでしょう。
そもそも、足場ごと何かあったら文化財保護どころではありませんからね。


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*回廊に置かれた組み物の模型、嵌め込み式で原則釘を必要とする構造ではないとのこと…

30分くらいは上で見ていたでしょうか。
何時までいても仕方が無いというか、後の人が登ってきますから退散です。

東塔はこれで構造部分が完成、あとは仕上げ?を残すのみとなり1年後には落慶とのことです。
築年数は違えども東西両塔が再び揃うのが楽しみです。


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*伽藍の中心に位置する金堂

金堂の入り口でお坊さんが呼び込みをしているので、ご本尊にお参りがてら中に入れば法話が聞けました。
薬師寺さんのお話は修学旅行などでも定評があり、簡単に言えば飽きさせない楽しい話。(小ネタが多い~)
勿論釈尊に繋がる生き方・考え方などを平易に説いていただけるので、飽きなかったというのが正直な感想。


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*講堂の屋根に乗る火除けの鴟尾(しび)

この後、講堂から食堂を経て隣の東僧房でお土産など少々買い込みます。

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*真新しい食堂(じきどう)の軒が絵のように美しい

さて、この旅の目的は達成したので、ついでと言っては失礼ですが、隣接する玄奘三蔵さんの伽藍に参ります。
6年ぶりくらいかな?


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*薬師寺伽藍北面の出入り口から、車道を挟んで玄奘三蔵院が望める

・玄奘三蔵院


玄蔵三蔵とは、言うまでも無く三蔵法師のこと。
天竺(インド)までシルクロードを伝いアフガンを越えたどり着いたときには、お供の数は僅かとなるくらいに減っていたという苦難の末たどり着いたといわれている。
夏目雅子や堺正章がどーしてもイメージ強いんだがTV見過ぎ…(^^ゞ

苦行の果てに経典を唐まで持ち帰り、その後の中国日本への仏教発展に大きな役割を担ったということです。

その三蔵さんのご遺骨が戦時中日本に分骨され埼玉のお寺にあったものを、シルクロードの東の果て奈良に頂いて、伽藍を作ったと言うことです。
そもそも薬師寺は法相宗という宗派で、三蔵のお弟子さんが唐で起した宗派に繋がる縁でもあります。


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*伽藍正面

仏教界のことはよく判りませんが、偉業を成した方であるということに間違いありません。

因みに、この伽藍の真北に歩いて7~8分のところに唐招提寺があります。
三蔵さんが故国から西に向かったように、鑑真さんは故国から東に向かった…約100年の開きがありますが、どちらも仏法のために命を賭したわけで、これも不思議な縁と思えます。

さて、回廊に囲まれた伽藍の中心にお堂があります。


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*南門正面の両側にある石碑

全体が何か折衷的な不思議な印象があるのは、この中華的な石碑が門番のように居るからかもしれません。

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*左のもう一対には由来

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*中華風のカメさん…玄武?

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*門のなかには夢殿のような八角堂…玄奘塔

ご遺骨安置されているのは、この中なのでしょう。
因みに玄奘塔の扁額に「不東」と書かれています…(上の写真では小さく写っている)
天竺へ向かう道中、窮地に陥った三蔵さんは、目的を達するまで決して故国(東)に帰らないと、自らを戒めたという話です。

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*撮っちゃ行けなかったか不明ですが…

この玄奘塔の北側に大唐西域壁画殿があり、ここに平山郁夫画伯の大唐西域壁画があります。(写真撮影不可)
ここで何と有り難いことに、何時もは拝観出来ない壁画なんですが、年に数回の特別公開中。
GWのお陰ですね。

数十年前に見たときは、はて?と大した感動もなかったんだが、年を経たせいか何なのか痛く感じるものあり。
居ながらにして、彼の地の景色が迫ってくるようで、その静謐な画風から想像出来ない程の迫力を感じる。

間近で本物を見ると、本などと違い伝わってくるものが桁違いであります。


唐招提寺

薬師寺まで来て行かないのも不自然?なので、行きます唐招提寺。

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*唐招提寺南門と松

薬師寺から北へ歩いて7~8分位。
数年前門前に歩道は付いたものの、何故か大事にされている飛び出た松の木…何時もの眺めです。

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*金堂

金堂は近くで見るより、やや離れた方が遠近感が弱まり丁度いいかもしれない。
今回はやや近くで撮った、というより何時ものポジションでは他の方が写っていたので…
なるべくお顔が写らないタイミングを狙っているんだけど、観光地は難しい。


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*天平の甍

毎度の事で恐縮ですが…
美しい、調和、という言葉が浮かんできます。
土地や空、周りの木々、それら空間に在る殆どがなじんでいる感じ。
継続した時間の先にある「今」に至っている訳ですから、どうしたって普通得られる感覚ではないと思います。

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*金堂と右奥に講堂

奥の講堂が一番古い建物で、鑑真さんご存命のころからあった。
なんでも役人が集う平城宮の建物を移築改造したとかで、奈良時代の建築様式がそのまま残されているとのこと。


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*水盤と流水

これも毎度撮るんですが、キレイ。

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*唐招提寺から薬師寺への道

今回も時間の都合で奥にはお参りしませんでした。
元来た道で南へ、西ノ京駅から法隆寺を目指します。


法隆寺

近鉄郡山駅からJR西の郡山駅までは、徒歩10分位ですが初めての街の商店街をひたすら歩くのも楽しい。
郡山駅から二駅で法隆寺駅、下車。
駅から歩いて15分くらい、チョット長かったが、やっと門前の松並木に到着。

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*徒歩なので並木の真ん中を行く

この並木、結構長い…5分くらいの距離か?

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*南大門

2年前に来たときにも感慨深かった法隆寺南大門に再訪できました。

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*南大門をぬければ中門と塔が望める


前回来たときは修理中で仮囲いで全体がよく見えなかった中門ですが、昨年暮れに修理完了。
前回から110年目の今度の修理は、主に瓦の葺替え、基壇の修理を行ったとのこと。


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*伽藍内から中門の眺め

唐招提寺同様に法隆寺も時間間隔が不思議モードに陥る。
但し、もっと古色が強いためなのか、何かしらパワースポット的なザワつき感を覚える。
いや、木(気)のせいかな…(^^ゞ


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* 柱の補修跡(今回修理の箇所かは不明)

風雨の当りにくい屋根の下でも、数100年もすれば弱い部分が痛んだりする。
損傷部を巧みに切取り再び材を継いでいく。
全体を可能な限り保たせようとする心と技で1300年。
そもそも主構造が強靱だからこそ、修理を繰り返すことが可能なのだと思う。


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*大講堂に風が入ります

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*幔幕が波のよう

回廊で囲まれた伽藍、薬師寺の伽藍ほど広くはありませんが、それでも時折風が渡っていきます。

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*金堂と五重塔

回廊から金堂を経て、再び回廊へ…

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*東側の伽藍回廊

ここが良い眺めであることに疑いようもない。

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*回廊の連子格子

格子からの風が気持ちよい。

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*回廊の柱と礎石

古の建築物は自重で礎石に乗っているだけ。

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*回廊天井の梁

梁はゆるいカーブを描くので虹梁、その上の束は人形束といいます。
屋根の荷重が機能美のある構造で支えられているという美しい事実に、快感すら覚えてしまう。


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*また来たいものです

大宝蔵院など見てゆっくりしたいのですが、なんせ使えるのは今日1日のみ。
帰りもあるので先を急ぎます。


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*東大門から望める夢殿伽藍

西院伽藍の端である東大門から東院伽藍が遠望出来る。

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*東院伽藍…夢殿と中宮寺の入り口

前回2年前は自転車にも関わらず暑すぎで、ここまで来れませんでした。

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*斑鳩の宮の跡…夢殿

回廊の屋根の先に夢殿の宝珠が見えます。
手前は東院鐘楼。

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*何か象徴的な夢殿の宝珠

何でだか夢殿本堂は撮り忘れ…そろそろ疲れが出てきた3時過ぎ。

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*伝法堂

落ち着いたたたずまいの古都の皇族住居。
聖武天皇のお后の家を移築したという伝法堂、ため息が出る程に落ち着いた眺め。
これも好きな建物です。


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*再び中門からの眺め

1日という短いスケジュール。
西ノ京の薬師寺から斑鳩の法隆寺までは少し遠かったですが、やはり来てよかった。

さて、そろそろ帰郷の刻限も近づいてきました。
気は急くが身体がクタビレモードなので、短距離ですが法隆寺駅までバス~(^^ゞ


興福寺

JR線で法隆寺から三つ目の奈良駅へ。
駅前からの三条通り、広く綺麗になっていた。


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*三条通から興福寺方面を望む

暫く歩けば右手に猿沢の池、となれば左手の丘の上が興福寺です。

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*一瞬猿沢の池

既に4時前。
予定通り興福寺を経て東大寺までで、今回の弾丸奈良旅はお開きとします。


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*再建された興福寺中金堂、手前は中門基壇

これも以前来たときは手前の基壇のみだけでしたが、昨年秋に落慶。
薬師寺さんの再建事業とは趣が少し違うようでもありますが、どちらも法相宗さん。
301年振りの再建、どういう経緯があったかは判りませんが、その発端には寺の重心が無かったということらしいです。
確かに堂塔があちらこちらに散らばり、何処までが境内なのかも不明な感じはしてましたが、そーいう古都と渾然一体なお寺さんだとも思っていた。

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*東金堂と五重塔

五重塔と東金堂、何時もの眺め。
それにしても五重塔、見上げれば歪みが増えてきているのが気になります。

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*中金堂

構想では薬師寺のように中門と回廊を再建するとのこと。

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*新しい木造建築物は垂木の並びが美しい

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*不死鳥的な佇まい

平城遷都当初からあった中金堂。
7回の焼失を経て蘇った事になります。

材はアフリカやカナダから求められたものとかで、それでも貴重な巨木(木材)を使ったことには違いありません。
奈良というか日本の観光の柱の一つとして末永く残ってもらいたいものです。

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*東方を見れば、東金堂と五重塔

興福寺は仏像など見所満載なんですが、あー時間が無い。

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*西方を見れば、南円堂

さて、東大寺が閉まってしまう前に急がなくては…

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*2年前は会えなかった鹿々

奈良公園内を歩き行けば、鹿ゾーンに突入 (^^)/


東大寺

既に相当疲れておりましたが、あとチョット頑張ります。
7年ぶり位かな、奈良と言えば西ノ京には必ず向かいますが、大抵時間の都合で足が向かない。
ですが、やっと来られました東大寺

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*南大門からしてこの大きさ

やはり、来てみれば圧倒的な存在感に懐かしさ。

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*吽形

お馴染み金剛力士像も懐かしい。

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*阿形

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*深い庇を支える軒は相当に多重な組物

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*もち境内にも居りますヨ

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*中門

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*大仏殿の大きさは別格

伝統的建築物としては世界最大の大きさ…世界遺産です。

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*あぁ、大きいなぁ

近づくにつれ、昔来たときの記憶が蘇る…
只仰ぎ見るばかりでしたが、今でも同じ。


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*大仏殿正面を見上げる

正月や何かのイベントがあれば正面上の扉が開けられ、外からご尊顔が見られるという寸法。
それとも盧舎那仏さんが外のイベントを見たいとか?


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*廬舎那仏背後の空間

恐ろしく長い柱が特徴的。
しかも太い材が手に入らなかったためか金バンドで束ねた集成材のようです。


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*殿内の床は焼物ではなく御影石かな

何時の時代のものかは分かりませんが相当の年期。

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*再建毎の大きさの変遷

時代背景により盧舎那仏さんも建物も大きさを変えているようです。
確か創建当初から残っているのは台座だけだったかな…


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*大仏(盧舎那仏)

この仏像だけは撮ってはいけない、と何処にも書いていない。
ネットで調べても同様…
多分宇宙的な存在なので良いんでしょう、か?


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*大仏殿、また来る日まで…

既に閉門の時間。
一度も行ったことのない東大寺ミュージアム、今回もお預け。

東大寺からは、近鉄奈良駅までバス…
と思いきや、外人さんで満員なので、暮れなずむ奈良の街を重い足を引きずり歩きます。

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*車窓から平城宮跡朱雀門

面倒なことに…これから東京まで帰らなければならないが仕方なし。
駅近くで腹ごしらえの後、車上の人となる。

奈良から京都へ向かうには大抵近鉄ですが、疲れがピークなので特急乗車。
この程度の距離、普通なら乗る判断ではないんだけど、五百円程度の贅沢勘弁。

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*京都駅にて、近鉄特急 (^^)/

新幹線は距離的に別格ですが、実のところ在来線特急に乗れるのは何だか嬉しい。

今回の弾丸奈良旅の撮影機材は、NikonD610と広角AF-S 28mmF1.8Gと標準代わりのマイクロニッコール60mmF2.8D。
これ以上は重くて勘弁でした。


さて、全行程は概ね以下の通り。
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*行程略図 (by Yahoo!地図)

新大宮駅出発
①薬師寺
②唐招提寺
③法隆寺
④興福寺
⑤東大寺
近鉄奈良駅着

ベタな選択?というか廻り方でしたが、たった1日の時間を有効に使えたかと思います。
ですが、希望的には2泊3日がベスト、それだけあれば飛鳥も廻れるんだが、この念願なかなか実現しません。

まー忙しかったけど、目的は叶えられたので良しです。

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