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2016年5月29日 (日)

探訪の旅に出たものの(その2)

たいして理解出来ていないんで何なんですが、ムリして博物館解説の巻きです (^^ゞ
興味のない方は読み飛ばしてくださいネ。


・石が語る博物館

全国に数か所あるジオパークの中でも、そのものの上にある施設としては、たぶん最右翼の長野県大鹿村の中央構造線博物館。

そもそも「村営」であること自体、意気込みとして凄い。 (公式HP

_dsc4431
*外観(東面)、手間の石たちが壮観

なんだか、建物前に石、石、石…の岩石園。

何だかなー、と思えば、大鹿村での実際の配置で展示している凝りようで、しかも村内から集めた175点の標本。 

さて、中央構造線とは何か?
単なる地質的な境界というだけではなく、数千万年からのプレート運動で海溝から地中に引き込まれた海底堆積物が、陸側に剥ぎ取られ残った部分の累積的な地質の連続であり、それが状況に応じ地表に現れていると見ることができる。


2億年以上前の三畳紀から2000万年前にかけて…といえば恐竜時代からの時代ですが、そのころ大陸の淵にあった日本列島の原型の足元?に、現代とは違う方向のプレート運動に伴い、横ずれしながら付加し、その長い活動期間の間に様々な地層を層状に重ねていった。

言葉で書こうとするとこんな塩梅で上手い説明になりません。
とにかく、日本列島の経歴書のようなものであり、その成り立ち、解明の手がかりになっている訳です。

_dsc4445
*概ね中央構造線を構成する地質帯に応じた岩石が村内に存在している

太平洋側が比較的新しい地層であり、これに対して列島中央寄りに火山に影響を受けた古い地層があるとのこと。

構成される様々な地質の発生起源の違いもあるが、その状況により、地底で高圧高温に晒されたり、またその程度の違いにより様々に変成(変質)した岩石になる。

火山性の岩石に接触したり、接近したりすれば当然晒される温度は違うし、それが長期間ですから変化も相当のもの。

それでは、岩石園の雰囲気だけですが…


_dsc4469
*外帯(太平洋側)の四万十帯岩石たち

四国の四万十の名から取られた四万十帯ですが、本州内陸から見れば一番太平洋寄り外側。
色は様々ですが、南アルプス赤石岳の赤は、この四万十帯の赤色チャート由来だそうです。


_dsc4435
*秩父帯岩石たち

次に位置するのは、関東者には身近な秩父帯ですが、遠く四国までたどることができます。

_dsc4438
*三波川・みかぶ帯岩石たち

その次は三波川・みかぶ帯。
みかぶは群馬県の御荷鉾林道の「みかぼ」のことで、緑色の石が多いのが特徴です。

ここまでが、中央構造線の外帯と呼ばれる太平洋寄り。
この外帯と、この先の内帯とでは岩石として相当違うものになります。


_dsc4442
*中央構造線に見立てたコンクリートブロック

ここでは中央のコンクリートブロックを境に、内帯と外帯に分けて実際の配置をまねて展示しています。

このブロックを中央構造線と見るわけですが、断層的な活動を行っていたのは遥か昔で、今は殆ど古傷のような感じらしいです。


_dsc4444
*内帯(内陸側)の領家帯岩石たち

中央構造線の北(西)側に位置する領家帯は外帯の地層より古く、火山由来の岩石が多い。

_dsc4446
*東西に長い中央構造線は南アルプスに沿うように南北方向に向きを変えています

全体的には東西方向の中央構造線ですが、南信州(このあたり)では南アルプスの造山運動=フィリピン海プレートの動きの影響により、方向が南北になっています。
要は国道152号線は概ねこれに沿っている、粋な?酷道だったんですねぇ…


石ばかり見ていても、実のところ何か判る訳でもなく、むしろ些かノックアウト気味。

なので、やっとこさですが館内に。
とりあえず、面倒なもののクシタニブーツを脱いで、スリッパに履き替え…!?


_dsc4465
*うぉ…MTLなスリッパ

何時もネットでお世話?になっている学芸員の先生はご不在、残念。
受付の新採?のお姉さんに入館料500円を払い、欲しかった資料を少々購入。

因みに、自分はここが目的地なんで、全く問題ありませんが、ついでに来た人にはやや高値な入館料かも。(マニアックなんで寄らんか~)

さーて、ワンダーランド?に突入です (^^ゞ



内部は、セミナールーム、研究室、視聴覚室があり、肝心の展示室は左程広くはない。

_dsc4448
*展示室はこれだけですが、初心者には十二分でした(^^ゞ

石だけ見ても理解はできませんが、展示パネルと併せ見て、やっと何とか意味が…な感じです。

_dsc4450
*展示室中央に岩石園のカラーと同じ地質模型

地質帯のカラーは、岩石園・展示室のカーペット・地質模型とどれも統一してあります。

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*よくある電動ギミックですが、地層の向きが立っているのが判る

中央構造線の地層はプレートの沈降なりに緩く北に傾斜しているのが多いらしいんだが、この辺りでは地層が直立~西に覆いかぶさるような状況から、フィリピン海プレートのプレッシャーが相当強いことが判る。

これ以上の知ったかぶりは、さしたる意味も無いので、以下館内の展示パネルを御覧下さい (^-^;


_dsc4454
*列島の誕生と中央構造線

そもそもは大陸から何故か離れた断片が、やがて合体隆起し日本列島になった。
日本海側には大陸由来の地質が残存しており、また太平洋側では海洋性の堆積物由来の地質が縁に折り重なっている。


_dsc4460
*でき方

その折り重なった地層が中央構造線沿いに西南日本の太平洋側を覆っている。

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*中央構造線としては特異な南アルプス周辺

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*ねじ曲がり、まくれ上がる地層は地質の序列からすると事実なんでしょう(スゴイ)

_dsc4447
*露頭ばかりじゃありませんからね

そもそもは平坦な地形だったのが、構造線付近は地質が脆く浸食され易いため、削られ谷あいの地形となり、押されて隆起し今に至っている。

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*領家帯の花こう岩(みかげ石)ができた頃

内帯の領家帯は御影石などが多く、当然火成岩なんで火山やマグマ関係。

_dsc4456
*領家帯と三波川帯の生成の違い

MTL沿いの領家帯では、地殻変動によるプレッシャーによりマイロナイトと呼ばれる、引き伸ばされた岩石が多く見られる。(写真撮り忘れ)

たぶん、鉄でいえば鍛流線のように感じで組成の長短方向が明瞭になるのかな。

_dsc4429
*鹿塩マイロナイトの大露頭(中央部の茶色)

この博物館の裏山の大きく崩れたところが、そのマイロナイトの大きな露頭なんですが、崩れる=風化しているということですから、相当脆いんでしょう。

実際、昭和36年の伊那地方を襲った集中豪雨でこうなったんですが(かなり犠牲者が出た)、その結果マイロナイトの大露頭となった。


_dsc4461
*MTL九州側

今回の熊本地震でも中央構造線への影響みたいなことも囁かれていますが、九州中央では、その存在が良く解っていないらしい。
何故か、内帯に相当する地層が見当たらないとのこと。

九州は火の国なんで、なんとなく本州四国とは違うとは思えるんだが、実のところどうなんでしょうか?


_dsc4462
*MTLこのあたりと、関東地方

中央構造線の南信州から関東山地との繋がりは不明な点が多く、想像の域を出ていないのか点線状況。

関東地方では寄居から八王子を結んだあたりの山際ラインで構造は見えなくなります。

平野部地下では3,000mくらいドーンと落ち込んでいるらしい。


_dsc4463
*関東平野の下では

ということは、その上に地表面まで堆積物が溜まっている。
それは硬くない地質であることは想像できるし、地震の際に揺れが収まりにくいことからも理解できる。

研究の成果として、ある日解釈が変わることもあったりするのが当たり前の世界ですが、だからこそ積み重ねた探求の結果がココに在るのかな、と思えます。



_dsc4464
*窓の外にはGNSS観測点

ふと窓の外を見れば、国土地理院のGNSS(GPS)観測点=電子基準点がある。

列島の中央に位置するんで、よく引き合いに出される点でもあったような気がする。


_dsc4470
*オマケ…赤石岳の赤のチャートは海岸や河原の色んな所で目にする

大鹿村中央構造線博物館はフィールドにある断片的な資料を、大系的に判りやすく展示しており、そのコンパクトさからか博物館というより、理科室的な施設です。

村営の博物館ではありますが、只中的ロケーション故かジオパークの中心的な感じがしたのは錯覚じゃないと思います。

(興味本位で勉強不足故、ムリムリな紹介ですみませんでした…)

・裏にはろくべん館

いくら興味があるからと言ったって2時間もいれば、浅学すぎる徒には取りあえず十分。

入館券が共通なんで、お隣の施設に寄ってみることに。



_dsc4472
*小学校?

真裏というか奥にある「ろくべん館」。 (公式HP

因みに、この建物と中央構造線博物館の僅か数10mの間に中央構造線が走っている…露頭じゃないんで直に見えませんが…とのこと。



_dsc4475
*その由来…民具から

江戸時代からの村歌舞伎を見る際に、ろくべんを色々入れて持っていくピクニックバスケットみたいなものなんでしょうか。

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*木造の割とモダーンな造り

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*やはり林業だよね

むかしの構造物の主要部材は「木」ですから、当然盛んだったことでしょう。

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*タテミナカタノミコト伝説

諏訪の神様ですが、もとはと言えば出雲神。
大和系のタケミカズチとの争いから逃れ、諏訪に入る前に、このあたりに暫く居たという伝承。


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*南北朝の頃…宗良親王

室町時代の頃、高貴な方がいらっしゃる。

南朝方として信濃の宮を大鹿に建てたとある位ですから、色々な意味で良いところだったんでしょう。


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*大鹿村歌舞伎の由来

どうも、日本古来の歌舞音曲には興味がないんですが、なんでこの山奥に、という不思議はある訳です。

相当盛んらしく、映画の題材になったくらい(大鹿村騒動記、見ていませんが)。

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*ごはんちょーだーいにゃー(ろくべん館の門番)

田舎の猫は、大抵恐ろしくキレイで…
見て目の周りなんか、歌舞伎役者みたいにキリっ。


_dsc4484
*村立2館を出れば…目の前の稜線近くに林道が見える

さて、今日は飯田で泊まり (^^)/

時間もあるんで、目の前のあの山(夕立神展望台方面)登ってからにしようかな。

次回はツーレポに戻ります m(__)m

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