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2017年8月21日 (月)

奈良35(その2)

暑さはバイクでも自転車でも同じ。
然しながら、自分エンジンな自転車は体内から熱を発生するんでキツイ…
当たり前か… (>_<)


・朱雀門から西ノ京へ


大極殿を後にし、丁度真南とーくに見える朱雀門に向かいます。

Dsc_5096
*朱雀門は大内裏の南門、この手前を近鉄電車が走り抜ける!

この広大な空間、今でいえば霞が関の官庁街…
とにかく広い。


Imgp4637
*朱雀門裏側

近鉄奈良線の踏切は公園内の踏切、という不思議さ。
元は畑の只中だったハズ。
渡れば直ぐに朱雀門の裏側に。


Imgp4638
*表側、門の両側には築地塀

こういう二層式の大きな門を見ると芥川の羅生門とか、手塚のどろろを思い出してしまう。
二階に何か居そうで…

今の朱雀門には警備員さんしかいません (^^ゞ
因みに、警備員のおじさん達、衛視の格好の方が似合うと思うんだが…仕事にならんか?


Imgp4639
*朱雀の方角を向く門

朱雀は都城の南。
この南には、更に平城京の条里が続いていた…


Imgp4640
*朱雀門に限らず、奈良の屋根には火除けの鴟尾(しび)が多い

都大路が南側から宮中へ至る正面になる象徴的な門として復元建物第一号。

30年前も、色々思うところがあり、また薬師寺の復興伽藍が見たくて奈良に来た。
偶然に立ち寄ったというか、表通りから丸見えなんで気が付いた朱雀門。

天平建築が新たに建てられている事実を目の当たりにして、何か新しい時代に入ったかの様な感じを受けたような記憶がある。


Imgp4641
*驚きの施設?

朱雀門の前面側に、とうとう一般受けするものが出来そうです。

平城宮の復元建物は、当時の形に忠実に有れとばかりですが、確かに観光として来てみても、同一敷地内とは言えそれぞれが離れていたり、歴史の授業みたいな施設ばかりだったりで…

屋外の博物施設を目指しているようなので問題ないんでしょうが、観光バスを寄せるスペースだって儘ならなかったり、土産物の売店も見当たらない位ですから、サバサバ感も流石国営クラス。


流石に観光都市奈良の名折れと思ったか、30年経ってようやく平城宮跡拠点施設の完成なのか?

とにかく、リアル度からすれば平城宮跡の各施設の博物ポテンシャルは相当のもの。
相当な経費を投入しているとすれば、観光資産として稼いでもバチは当たらない。(維持費だってかかるし)

歴史に忠実である施設だからこそ、もっと寄れる見られる、なスタイルを確率するためやれることはあるんじゃないか、いや一種のテーマパークだよ、これ。

だからか、一部の歴史好きだけでは勿体ない、とも思ったりする訳です。


Nara_1
*右上が出発地(GPSロガーON)で青い線で南に向かう
(地理院地図より)


さて、少々時間を使ったんで、そろそろ西ノ京へ向かいます。



・唐招提寺


自転車で30分位も走ったか?
見覚えのある景色に至る。

ここは中国の高僧、鑑真さんで有名。
教科書でも信念の人で取り上げられていますが、大和の国に仏教の戒律を体系とともにもたらした、所謂日本仏教の祖の一人。

鑑真さんはやっとの思いで、しかも失明してまで日本に着き、東大寺で戒壇という仏教で大事な儀式を日本で初めて執り行い、その後何事かあり西ノ京に追いやられてしまった、だったかな…

平城京の西側、西ノ京と呼ばれるこの地に唐招提寺として、以来1300年間居る訳です。

因みに、以降は全編寺院関連です。
抹香の世界故、興味のない方はご勘弁してください (^^ゞ


Dsc_5099
*南門手前、道が少し広がっている

既に見慣れた入り口前、お土産屋さんが増えている?

Dsc_5098
*1泊分以上の着替えが入っているフェアウエザーのサドルバック

必要な土産物Getと、昨晩洗濯した着替え類を一緒にクロネコで家に送ってもらうことにした。
これで、幾らか軽くなります。

さて、唐招提寺も4年ぶり。(
公式HP


相変わらず丹が残る南門は昭和35年に天平様式で再建。
丹塗りの残った部分と、滅失した部分の対比に目が行くが、これも古建築の特徴。


Dsc_5100
*南門で拝観料…

拝観料とお賽銭はケチらない…(あくまでも自分基準の中でですが)
抵抗感のある方は奈良京都には向かない気がする、ていうかハナから来ーしませんがな…とは、言い切れませんけど。


Dsc_0927
*唐招提寺金堂…天平の甍

単純な自分の頭では有難い景色である。
美しい、と言えば簡単だが、時間的な存在感?空間的な静寂感を強く感じてしまう。
そんな美しさ、と言えばよいのだろうか。

建物ではなく、釈尊の考え方を学ばんといかんがな…
なんて声も聞こえてきそうですが、これも何かの縁。

来るたびに、何かの仕切りが変わるというか…一瞬立ち止まり自分の生き方を考える…そんなきっかけのようなものを頂ける場所。

そういう処が自分の中での奈良なのかもしれません。


Dsc_5104_2
*気持ちいい風があるときは、幔幕が堂内から外にたなびきますが、今日は?

つい10年位前に平成の大修理を終えた金堂。
修理したぞ、みたいな修理ではなく、古色で見た目判らなくしてある。

本来は古代建築なんで丹塗り。
赤・朱色で材の保護を兼ねた塗装が施されていたのが、100年もすれば分からなくなる。

ところが、軒の奥深くに1000年を超える丹色が修理の際に発見されたりするそうで、そんな話を聞けば意識はもう1300年前に…
殆どタイムマシンの様な建造物。


Dsc_5109
*この角度も良い

Dsc_5112
*そして特徴的な柱

柱は、本来ややエンタシス形状だったのかな?
長年の風雨と人々との邂逅により痩せてきている。

また、長い柱なのに微妙な安定感があるのは、僅かな上部の内倒れ設計という、見る者への心理までも計算した高度な技能。


Dsc_5107
*鼓楼と礼堂(らいどう)は鎌倉時代

実のところ、湿度が絶好調?で最高に暑い。


Dsc_5108
*これだけが涼

本来であれば、見どころも多いのでゆっくり廻りたいところですが、移動が人力故この辺で失礼させてもらいます。


・薬師寺

薬師寺は唐招提寺の南側、距離的にはそれなりですが並ぶ配置。(
公式HP


何時もの様に(概ね5~10年おき位ですが)南門を訪ねれば景色が違う。
東塔がシートに覆われていて見えない。


Dsc_5113
*中でどんな修理が行われているのか?

修理はあと3年位かかる様です。

そのころまで元気ならば、再び素敵な姿を拝めるというもの…なんてね。


Dsc_5115_2
*中門は少しは色あせてきました

南門を入れば直ぐに復興された中門があります。


Dsc_5114
*回廊の後ろに見える西塔

Dsc_5117
*阿形

極彩色、中門の二天王像。

こちらも、お目にかかる度に少しづつ色あせてきています。
最初見たときは、リアル極彩色で驚いた記憶があります…


Dsc_5116
*吽形

薬師寺は天武・持統天皇により発願された皇室ゆかり深い寺院ですが、既に1300年が経ち修二会(花会式)や写経道場などにより、広く一般からの信仰も集めている。

古い寺院であることと同時に、白鳳伽藍の復興に取り組むなど、これからの奈良寺院の方向を示しているかのようにも見えます。


Dsc_5124
*昭和に再建された西塔

西塔は東塔と違い復興された塔。
中間の小屋根である裳階(もこし)は数えないんで三重塔になります。

なんでも室町時代に焼け落ちて以来の再建なんで、500年くらいは東塔1基だったことになる。

今は修復で覆われてしまったので比べにくいが、屋根のカーブの案配が東と西では違う。

法隆寺の宮大工で復興を指揮した西岡棟梁は西塔の復元に当たり、当初の形の再現を重んじたようで、東に無い連子格子が有ったりで比べると面白い。

凍れる音楽と評された塔天辺の有名な水煙。
ここの飛天の意匠はおそらく同じだと思いますが、相当の望遠がないと細かくは写らない。


Dsc_5118
*金堂

百万経の写経勧進により、昭和51年に400年ぶりに復興した金堂。
未だ強いヒノキの香りが堂内に満ちている。


Dsc_5120
*独特の屋根「裳階(もこし)」は東塔のそれに倣ったとか

それにしても、独特の壮麗さがある。

江戸期の建築の様な飾り満載ではないのに華やかに感じる不思議さ。
天平様式の唯一現存する東塔の形を生かし、他に例を見ない無二の金堂。


Dsc_5125
*大講堂

大講堂も東塔、金堂同様に裳階をまとう姿に再建。

この大講堂は以前は江戸期の小さな建物でした。
何処でもみられる様な質素な感じで、これといった特徴もなかった記憶があります。

金堂と同じで平面形以外は本来の姿が不明であり、そこは平城宮大極殿と同じで定まった様式から推理を巡らして復元されたということです。


Dsc_5126
*縁起

大講堂の後ろ側には、最近復元された食堂があります。

Dsc_5128
*食堂(じきどう)

食堂内は現代的な建物空間として構成されている。

薬師寺伽藍の北隣に玄奘三蔵院があり、ここの大唐西域壁画の作者である平山郁夫画伯からバトンを受けたような、長安から平城京までの旅路が壁画として納められている。


Dsc_5129
*食堂わきの回廊

回廊は南と北側のみで東西は半分出来ていない。
返って開放的ですが、いつかは繋がりロノ字になるんだと思います。


Dsc_5130
*講堂、食堂の距離感

Dsc_5133
*複廊式の回廊

東側回廊の南寄り外側。
有名な法隆寺の回廊とは違い、内と外に同じ構造の通路が続いていて、間に白壁と連子格子の仕切りが付く複式回廊。


Dsc_5135
*中門柱の表面

この辺りの材はヒノキ。
平成に入ってからの復興はヒノキが手に入らなくなり、本来と違い代替えの材を使用しているとのこと。

木材の場合、簡単に言えば樹齢=材の寿命ということで、仮に2000年の樹齢の材が使えれば、その材は建築後2000年持つという事らしい。

それが証拠に、雨や地震で弱った部分の修復をしながらだが既に1300年余にもなる東塔。

因みに、古材でも表面を薄く削れば新材のような状態が見られるらしい。
だからか昭和に復興されたこの柱も、ヒノキのにおいがブンブンする。


Dsc_5140
*中門から

来るたびに創建時に近づく薬師寺。
3年後、修復された東塔の姿も楽しみではありますが、最後に全体がどんな姿になるのか。

正に仏教文化の美術館と言ってもいいような寺院です。

それにしても、木材の使用量は相当のもの。
なので、それらを無駄にしないよう火や風などに負けずに、この姿を長く保って頂きたいものです。

本来であれば、より北側にある玄奘三蔵院伽藍にも参るべきですが、時間と温度の加減?で見送っています (^^ゞ

この辺りで、正午。
お次は若干遠い法隆寺さんです。

(その3)に続く


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